【 NO.23 】 2005.11.12


1.音の伝承

 平成13年のことであるから、少し前のことになる。南信州広域連合(いわゆる行政の広域連携を目的とした事務組織)において、南信州広域だよりというものを発行していて、その37号に「特集 南信州 音・匂い・色の風景」という記事があった。地域を見直してみるというなかで、なかなか意外な発想で、身近なところにもふるさと感を覚えるものがあるということを、自ら探してみようとまとめていた。色などは景観が重んじられるようになり、ふるさと感という情緒的なものではなく、もっと具体的な建築設計とか、空間造りという部分で重要視されてい。そのいっぽうで、音については騒音防止対策としての施策はあっても、ふだんの音を対象にして空間造りとかムラ造りといったところに具体的に表されることは少なく、ましてや匂いとなると、清潔感が増した空間になってしまい、それほど特殊な環境というものもなくなり、日々のなかであまり意識されないものとなっている。ここでは、そのひとつ「音」についてふれてみる。
 南信州広域連合がとりあげた「音」の風景の一覧を次にあげてみよう。
自然 小川のせせらぎや雪どけの音/小鳥の声/カエルの鳴き後/つばめのひなの鳴き声/虫の動く音/春一番/竹林のそよぎ/竹秋(竹の散る音)

生活 祭りの音(笛や太鼓)/花見の歓声/人の声/保育園や小学校に通う子どもの声/学校の卒業式、入学式の練習の声/外で遊ぶ子どもの声/農作業の音(耕運機、トラクター、SS)/果樹園から聞えるラジオ/田に水を引く音/蚕が桑を喰む音/ツーリングのバイクの音/道路に白線を引く音/ダムの放水/舟下りの櫓の音/恋猫の声

自然 雨音/夕立の音/雷鳴/川の音/渓流の音/セミの声/蝉時雨/カエルの鳴き声/虫の声/虫の羽音(アブ、蜂、ハエ、蚊)/トンビの鳴き声/カッコウの鳴き声

生活 遠花火/盆踊り/飯田りんごん/人形劇フェスタ/時又の灯篭流しの読経/市田灯篭流しの川の音/プールの子どもたちの歓声/川遊びの子どもたちの歓声/夏休みのラジオ体操/帰省した子どもたちの声/アフィニスセミナーのクラシックの調べ/りんご並木の街頭ライブ/果樹園の爆音機/消毒の音/舟下りの櫓の音/エアコン車の停車中のエンジン音/暴走族のバイクの音

自然 涼風/森や林が風に大きく揺れる音/落ち葉の舞う音・木枯らし/木の実の落ちる音/虫の声/トンボの羽音/雀の鳴き声/鹿の鳴き声/増水した天竜川の濁流

生活 運動会/運動会の練習の声/秋祭り(花火、笛、太鼓、きおい)/枯葉をほうきで掃く音/雀おどしの音/果樹園から流れるラジオ/稲刈りの音/脱穀機の音/選果場のベルトコンベア

自然 木枯らし/寒風/風に騒ぐ竹林/枯れ葉の舞う音/雪の積もる音/雪の落ちる音/霜を踏む音/モズ・カケスの鳴き声
生活 霜月祭りの笛・太鼓/もちつき/除夜の鐘/ほんやりの歓声と竹のはぜる音/火を焚く音/焼き芋を売る声/白菜を洗う音/枯れ木、枯れ草を踏む音/露天風呂に注ぐ湯音/ファンヒーターの着火音/除雪車/雪の日のタイヤチェーン
通年 自然 せせらぎ/滝/天竜川/風の音/風に揺れる木々/四季折々の野鳥の声
生活 方言の柔かな響き/井戸端会議の声/電車の音/消防団の広報/時報のチャイム/防災無線の声/太鼓の音/無音(静寂)

 以上のようなものがあげられているが、基本的に現在の音である。伊那谷の自然とか生活にマッチした音がみられると同時に、生活全般の音には、時代が感じられる。

 さて、「彦根―音の歳時記」というページがあって、そこで彦根らしい音は何かという質問で答えられたものは、多い順に彦根城の鐘の音、さざ波の音、彦根ばやし、祭り・太鼓の音、お城祭りの音、花火の音、ベルロードの音楽、川のせせらぎ、お寺の鐘の音、琴の音、虫の音、カムロの音、小舟・汽船の音、近江鉄道の音、人の話声(なまり)、仏壇造りの音、えびす講の音である。そして、季節ごとの音としてつぎのようなものがあげられている(多い順)。なお、秋の虫の声は120票に対して風の音は38票、そのつぎの運動会の音は19票である。また、冬の音の風の音は151票で、雪を踏む音25票、そのつぎのストーブの音11票というような状態である。

虫の声/木の葉の揺れる・落ちる音/鈴虫の声/コンバインの音/風の音/運動会の音/コオロギの声/落ち葉を踏む・掃く音/つくつくほうし・ひぐらしの声/焼き芋売りの声/焚き火の音/稲穂の揺れる音/祭りの音/お寺の鐘の音

風の音/木枯らしの音/雪の降る(しんしん)音/雪を踏む音/ストーブの音/雪が落ちる音/静かな音/お寺の鐘の音(除夜)/焼き芋売りの声/クリスマスの音楽/雨戸の音/雪かきの音/木の葉が散る音/鍋の音

 飯田下伊那と彦根という地域のデータを紹介したが、地域ごとの特性のようなものは必ずあるだろう。どちらも地方都市でありながら、農業の音を捉えると歴然としている。彦根では稲穂の揺れる音とか、コンバインの音というものがあげられており、あきらかに稲作の音である。そのいっぽうで飯田下伊那には、稲作の音もあげられてはいるが、他の季節にもみられるように果樹栽培の音がいくつもあげられている。果樹園から流れるラジオとか選果場のベルトコンベアの音はなかなか特徴的である。そして、春にも果樹園から流れるラジオの音があげられている。稲作と異なり、定点に長時間いて作業することが多い果樹の作業には、ラジオなどを置いて聞きながら作業をするというケースがよくみられる。そんなところから、ラジオが登場するのだが春の花つけ作業、そして秋の収穫作業という人手の多く掛かる作業にラジオが聞えるというのも興味深い。それ以外の時期にもラジオが流れていたとしても、人手の多いときこそ、音としての印象が残るということなのだろう。
 冬の音をみると、彦根では雪の音がいくつかあげられている。もちろん飯田下伊那にもあげられているが、「雪かきの音」が彦根であげられているということは注目である。飯田下伊那よりも彦根のほうが雪がかくほど降るということである。

 飯田下伊那の通年の項に「無音」というものがあげられている。今でこそ無音という意味がどういう意味をもっているか、なかなか人によって捉え方は違うだろう。じっとして耳をすませてみると、なにかしら音がしてる。それは、自らの体の鼓動なのかもしれない。だから無音ということが意識としてあげられることが、現代的なのかもしれない。これほど騒々しく音が通常化しているからこそ、音のない空間が、ことさら意識としてあげられたりする。しかし、閑静ななかに身を置いていると、何か聞えてくるものである。
 松本市三才山で聞いた話で、『松本市史』民俗編にあげたものであるが、つぎにその記事を紹介してみる。
朝の到来を鳥の声が知らせたように、自然界の音が日常の音であった。自分の血が流れる音が聞えたといい、木が水を吸いあげていく音がしたともいう。爆音というものは空からやってくるものだと覚えていたM氏は、ある日聞えた「爆音」に空を見あげたという。ところが空には飛行機らしいものはみえない。しかし、「爆音」はしだいに大きくなり、驚いたことにその音は家の下のほうからやってきた。それは、大正十年ころはじめてやってきた自動車の音であった。
 このように、自分の血の音が流れる音とか、木が水を吸いあげる音という話は、なかなか現代では聞くことはできないことだろう。そういう音がもし聞えたとしても、現代人には、血の流れる音とか木が水を吸いあげる音とは聞えないだろう。年配の方に聞くと必ず話してくれる音が、ウンソーとか乗合自動車の音である。昔は車がひっきりなしに通るということはなく、定時にやってくるウンソーとかバスの音は、時を知らせてくれた。1日の中にはそうした特定の時間に音がすることがあり、車の音とか、あるいは自家のテレビの音が常態化している現在とは、比較にならないほど明らかな「音(騒音)」は少なかったであろう。だからこそ、定時にやってくる物音が印象に残るわけである。わたしが思う子どものころ(30年以上前)の印象にある音は、昼前の11時半に鳴るサイレンの音であった。もちん、川の音や鳥の鳴き声はしていたが、やはり騒音として聞えるものは、音としての印象が強い。それだけ一日にしてもただ一回だけする騒音は時を知らしめるには、あまりにも強烈なものであった。

 さて、そうはいってもわたしたちは騒音の中に常にいるわけではなく、農村地帯にいれば、静寂のなかに身をおくことがけっこうある。今も、家の中で耳をすませると、騒音はなく、時折通る車の音が聞えるが、音としてはかなり小さい。昔に比べれば、家そのものの密閉性があがり、たとえ車が通っても、音は小さい。したがって、身を動かさずに無のなかにいて聞えてくるものは、時を刻む時計の音であったりする。しかし、それも冬が間近となり、窓を締め切っているから静かであるが、窓を開けていると、たとえ夜であっても音が聞えてくる。それは中央自動車道を通る車の音である。わたしの家は、高速道からかなり離れているものの、木曾山脈の麓を通る高速道は、山に騒音が反響して、かなり遠くまで音が聞えてくる。とくに掘割りになっている場所よりも、道路が天上道路風に高い位置に見えていると、とくに反響する。きっと平地を走っている盛り上げた高速道よりも、谷の中を走る高速道は騒々しいはずである。
 また、時代を感じさせる音ということを言ったが、たとえば飯田下伊那の春の項にある「道路に白線を引く音」は、かつてスパイクタイヤが冬のタイヤとして当たり前であった時代には、春になると必ず白線引きをしていたことから、イメージとして春が定着してしまった音である。スタッドレスへ移行してからは、春に白線引きが多い、とはいえなくなっているはずである。「ファンヒーターの着火音」もファンヒーターが登場してからの音である。点火のスイッチを入れてから、あの「ボッ」と音がして着火するまでの時間というのは、なかなか待ち遠しかったり、あるいはやたら静けさを感じたりする。そして「ボッ」である。けっこう心臓に響くような音であったりする。それだけ点火後と、点火前に落差があるということになるのだろう。
 風情のある音は、もちろん自然にかかわるものはたくさんあるが、生活色の濃い音にも季節感はある。雪かきの音、タイヤチェーンの音は、雪の降る地域らしさがみてとれる。飯山市に暮らしていたころ、毎夜のように除雪車が鳴らすタイヤチェーンの音がしていて、それが消えないのである。眠りの中のどこかでタイヤチェーンの音がしていて、その音が消えない以上、雪が降り続いているのである。雪の音というのも、雪の降る地域の人でないとなかなか理解できないかもしれない。冷え込んできた夜中に、静けさだけが横たうものの、どこか雪が降り始めたことがわかるのである。それは家の中にいてもである。空気の動きなのだろうか、はたまたちょっとした気温の変化による、外の気配の変化から察知するのだろうか。しんしんと雪が降る音とは、意外にもその降る光景をみながらより感じるものであるが、けしてそれは、見ていなくても音がするのである。不思議な話である。

 生活する舞台によって音が異なることも特徴である。現在のわたしの暮らしの中で、もっとも強くイメージ化されている音に、春から秋まで延々と続く果樹の消毒の音がある。飯田下伊那の春の項にあるが、スピードスプレヤーの音は、朝一番に始まる。そして、それは春だけではなく、夏、秋まで続く。先ほども述べた高速道の反響音もここに住み始めてから知った音である。いっぽう、生まれ育った家での音は、雨季に川が増水して川からしてくる石と石がぶつかり合う「ゴツン」という音である。この音には火花が付随する。今でこそ川が整備されて、そこまで川が荒れるということは稀になったが、わたしの子どものころは、雨が降って少し増水すると、この「ゴツン」という音が頻繁に聞えてきた。飯田下伊那の秋の項に「増水した天竜川の濁流」とあるが、天竜川で聞える濁流の音とはくらべものにならないほど大きな音がしたものである。また、蚕を飼っていたころの蚕が桑を食べる音は、いまでは懐かしい音である。

 このように、生活環境や時代によって印象として残る音には変化がある。ごく当たり前のように思う音でも、自分だけに聞える特徴ある音であったりする。それは、農村地帯だけに顕著な音ではなく、都会のように騒音が常態化しているなかにも必ず地域の、また時代によって変化した音があったはずで、けして、自然から聞えてくる音だけが命あるものと判断してしまってはならないだろう。自分だけの音を、それぞれ認識しているはずである。

 音の伝承ということで、下伊那郡天龍村大河内で毎年8月14日の夜に、新盆迎えとして行なわれるかけ踊りの音を少しだけだが紹介する。録音したのは昭和61年8月14日である。
 → 下伊那郡天龍村大河内のかけ踊り  写真がフォトギャラリーにあります。

音の伝承』ページを作成しましたので、そちらもご覧ください。

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