【 NO.8 】 1999.4.29


1.味噌作り

 伊那谷中部の上伊那郡から下伊那郡の境あたりでは、4月の桃の花が盛りのころ、味噌煮をしました。桃の花が咲く頃が味噌煮に適しているといわれたそうです。そんなところから「桃味噌」という言葉もあったようです。

 煮る日を決めるのにも縁起を担ぐことがあって、『上伊那郡誌・民俗編』によると、午の日に煮るとうまい味噌ができるとか、申の日に煮ると猿の顔のように赤い味噌ができるともいったそうです。

 「午の日に煮て申の日に掻きこめば、味がいい」
 「午の日に煮て酉の日に搗き込むといい」

といった言葉もあったようで、そのほか「子(ね)味噌」「卯味噌」は、ねの日やうの日に煮たり搗いたりすると、ねてしまうからよくないともいったものや、「牛糞べったり」といって丑の日に煮るとべたべたの味噌ができるからいけないといったものまでありました。

 私の子どものころ(昭和40年代)には、こうして煮た味噌をチョッパーでつぶし、それを味噌玉にして置いておきました。それ以前は足で踏んでつぶしたといい、それを味噌玉にして土間の天井にわたした竿やなるに掛けたといいます。私の経験ではチョッパーで大豆をつぶすのが楽しくて、チョッパーからつぶされた大豆が出てくる様は、印象深いものでした。

 味噌玉のまま1ヶ月もすると、しだいに乾いてきて割れ目にカビがはえてきます。するとハナがついたといって味噌搗きをします。搗いた味噌は味噌桶に仕込んでおきます。桃のころ煮て夏の土用を越すと食べれるようになるといわれたようです。

 こうした味噌をさらに次の年の寒中を越して二年目になるとおいしくなるといい、これを「二年味噌」といったものです。さらに「三年味噌」があり、一番の食べごろといわれました。「三年味噌に余念(四年)なし」といわれるように、三年味噌がもっともおいしく、食べ始めると余念がないといったようです。

 かつての農家では、こうして味噌作りをしました。
 現在も味噌を自家で作る家は本当に少なくなりました。
 かつての農家には、こうして作った味噌を保存しておく部屋があって、味噌部屋などといったものです。

 タイトル画像でも紹介している写真は、昭和63年に撮ったもので、味噌玉を作っているものです。
 
長野県上伊那郡飯島町本郷
昭和63年5月撮影

2.花粉症のはなし

 世の中花粉症で悩む人が多い。春が近づくと、恒例のように花粉症情報がにぎわいます。いかにも花粉症=スギ花粉を想定してしまいますが、それ以外の花粉も多いはずです。いまだに花粉症のメカニズムについては、わからないことが多いようです。ある花粉症に悩む人のメールが届きましたが、山の中に暮らす人々にも花粉症はあるのか、という疑問を投げかけるものでした。わたしも山の作業に実際に従事する人々から話を聞いたことはありませんが、また聞きによるとそういう人にも花粉症はあるといいます。

 一般的な知識として花粉症の増加の背景に、スギの人造林増加がよくいわれます。確かに戦後育ちの早いスギが多く植林されたともいいます。しかし、もともとスギがなかったわけではなく、何百年もたつスギが天然記念物に指定されているところからも、日本人にとっては身近なものであったことは事実です。ただ、いつも疑問に思うのですが、東京のようにスギが植えられているところからずいぶん遠いところで花粉症が流行るというところから、ほかの要因もあるのではないかと。事実花粉症関連のホームページなどに掲載されているスギ花粉飛散情況をみても、面積あたり花粉飛散個数は、山林を多く持つ地域に比較すればずいぶん少ないものです。患者数の分布は知りませんが、スギの花粉飛散数だけでは把握できない患者の情況がそこにはあるようです。

 さて、地域によって飛散ピークのことなるスギ花粉ですが、長野県では3月下旬がピークです。わたしの家にも花粉症に悩む者がいます。常識の範疇として、妊婦から母乳期の母親が花粉症の内服薬を飲むことは避けるべきといわれています。ですから家にいる患者も一時は(そうした環境であった頃)この時期大変でした。今年は医者にいって注射をしてもらいました。花粉症情報を流すHP に話題になっていましたが、「注射一発で花粉症が治る」では、ステロイド薬の筋肉注射ではないか、とあり、あらためて注射をしてもらうときいったい何の注射か確認するべきではなかったかと、今になって思っているところです。ただ、ことしはスギ花粉の飛散が少ないこともありますが、ずいぶん花粉症の症状が薄いようです。しかし、花粉症は治らないばかりか、年々重くなるということを聞き、例年の花粉症のひどさを見ている私には、ずいぶん今年は違うぞ!という印象はありました。

 ところで、この家の患者、実はスギ花粉よりひどい花粉症をかつて患っていました。いったいなんの花粉症かというと、日本で最初に発見されたという花粉症、ブタクサ花粉症です。かつてにくらべるとこの花粉症は目立たなくなったのかもしれませんが、私にいわせるとそんなことはない、と思います。確かに都市近郊ではブタクサの繁殖すべき空き地などがなくなったかもしれませんが、その分、地方で繁殖しているはずです。意外と地方では知られていない草で、知らないうちに繁殖していることが多いようです。長野県あたりでは、8月末から9月にかけて花を咲かせます。放っておくと背丈以上になり、密生します。とても根絶やしにするには根気がいります。花が咲く前に草刈をすることが対策ですが、1度ではとうてい無理で、何度も草刈が必要で、根っこから引っこ抜くことをお奨めします。

 ブタクサ花粉症から逃れたのは、家を引っ越してからです。本当に当時の症状はひどく、夏だというのに窓を開けること(田舎で高冷地ですりで、冷房はそれほど必要ではありませんでした)すらできず、つらい日々でした。

 スギ・ブタクサときましたが、ほかにも問題のものがたくさんあります。

 私は花粉症ではなかったのですが、最近少しその症状がわかってきました。初夏になると咲くアカシヤの花は私には苦手です。スギやブタクサには問題がなかったのですが、アカシヤの咲くころどうも眼がかゆく、くしゃみがでました。考えてみるとこれが花粉症ではないかと気がつきました。つい5年ほど前のことです。

 また、私の住むところは果樹園地帯です。とくに盛んに行われているのが梨の栽培で、梨は人手によって受粉を行います。年間の栽培の中でももっとも人手がほしいのが、この「はなつけ」といわれる作業で、多くの人が従事します。かつては5月連休がこの作業のピークでしたが、最近は花の咲くのが早くなり、4月下旬になってきました。そうした環境にあることから、頼まれて「はなつけ」に出るのですが、この作業、もろ花粉の舞う中の作業で、最近この作業をするとやはり花粉症の症状が出ます。この作業をする人たちは顔に手ぬぐいを巻いたりしますが、花粉を浴びないためや日焼け止めの意味があるのでしょうが、花粉を吸わないための対策でもあるようです。

 花粉症を知らなかった私が、少し認識するようになりました。
 以前体に回虫がいたりすると花粉症にかからない、という話しもありました。不健康な人の方がかからないなんて囃したものですが、かつてなかった病なのに増加してきた病。人々の体質変化が要因としてあるというものの、その体質変化の具体的なことは知られていません。ディーゼル車の排気ガスによっても症状が出るといいます。花粉による病であることはわかりますが、なぜ体質変化に至ったのかというところを解明してほしいものです。そして直らない病ではなく、直せる病にしてほしいものです。

 

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