平成26年長野県民俗学研究動向

 この研究動向は、信濃史学会『信濃』第67巻第6号隣県特集号「長野県地方史研究の動向」より、民俗学関係について転載しています。研究動向の執筆は三石稔(本HP管理者)。なお、著書論文一覧については、HP管理者が作成している。

 平成26年においても各研究団体を中心に活動された。
 長野県民俗の会では、『会報』36号を、また『通信』239号~244号を発行している。『会報』では、福井県大飯郡おおい町のニソの杜と森神信仰の考察、長野県の祝殿や祝神、先祖祭りとの比較を行い、同族祭祀の祀り始めに注目し考察を行った金田久璋「地霊と祖霊―森神信仰論の現在―」、人はなぜ木に上ろうとするのか、その理由を昔話の分析により整理するとともに空間認識について考察した倉石忠彦「木に上る「はなし」―木に上るには理由がある(二)―」、七夕人形の発展過程について、人形の分類と期限の関係について考察し、人形と紙衣が異なった系統であることを論じた木下守「七夕人形と紙衣のルーツ」、中南信地方の道祖神盗みについて神像そのものに着目し、盗まれる神像の特徴、移動距離の時代による推移、帯代の傾向などについて考察した小幡麻美「道祖神盗みの実相―長野県・中南信地方の事例より―」を収録している。いっぽうタイムリーな動向・情報を掲載してきた『通信』の発行が遅れがちになるなか、例会の報告を行なうことにより会活動の状況をいち早く会員へ伝えようという従来の流れを取り戻す編集意図が見えてきている。福澤昭司「民俗学会の転換点か―日本民俗学会第六五回年会参加記―」(『通信』239)では紛糾した総会顛末が報告されており、省みて長野県民俗の会への積極的参加を呼びかけている。そのほか福澤昭司「パソコンで民俗地図を作る」(『通信』241)、三石稔「日吉のお鍬祭り」(『通信』242)、臼井ひろみ「駒ヶ根市大御食神社獅子練り」(『通信』244)などは重点としている例会報告の論考である。平成二六年度総会では民俗学が大学などで教育や研究が行われるようになった現在の体制になってから半世紀あまり、長野県民俗の会も結成から43年目を迎え、会としてこれからどのような視点をもって調査や研究にのぞんでいくのがよいのかを考えようと、福田アジオ国立歴史民俗博物館名誉教授の講演「ポスト柳田から脱柳田へ」を開催した。
 信濃史学会は例年通り『信濃』1月号を民俗学特集号にあてており、石川県小松市で行われている獅子舞の形態と伝承を、「五十鈴流」に着目して詳細に分析し、市内各地の獅子舞の系譜を明らかにした高久舞「石川県小松市における獅子舞の系譜と伝播」、雨乞いの方法として「空葬礼」が行われる理由を、野送りでの火車の出現による降雨を期待したのではないかと推定する林英一「雨乞いとして空葬礼が行われる理由―葬送儀礼の視点からの解釈―」、同じ家の年末年始行事を、住居を長野市から東京に移転し家族構成が変化していく中で、変わらないものと変わるものを区別し「村から都市に居住地を移動しても伝承を維持しようとしている」姿を実態として明らかにした倉石美都「ある農家の年越し―都市移住に伴う変化の様相―」などを収録している。また、地域で行われてきた芸能が学校で行われている現状に着目し、学校における実践の実態と地域における伝承の関わりについて考察した小森明里「今田人形の伝承と竜峡中学校における実践」(『信濃』66-3)もある。
 柳田國男記念伊那民俗学研究所では、福田アジオ所長による民俗学講座Ⅱ期が開催されるいっぽう、入門者の発掘を目指した民俗学研究入門ゼミナールが11月に開講している。個々に研究課題を決め、論文を作成し報告することを目標にしているという。『伊那民俗研究』22号では財団法人民俗学研究所の時代を特集した論考のほか、天龍村の霜月祭りそのものが立願と深く結びついた神子の習俗によって支えられてきたことに着目し、神子の習俗をとくに九月の祭りに捉えて考察した櫻井弘人「天龍村坂部の九月の祭と神子入り―霜月神楽を支える神子の習俗」が収録されている。また、天龍村霜月神楽については、櫻井弘人(飯田市美術博物館)が中心となって記録保存事業が行われており、遠山の霜月祭りにおける記録作成の経験がさらに広まりを見せており、今後に期待される。
 上伊那郷土研究会は『伊那路』10月号を民俗特集にあてており、駒ヶ根市福岡にある馬見塚成田山が移転され前にあった中川村桑原に残る遺品を詳細に調査して考察した中川村歴史民俗資料館「「奉納成田山不動明王」木札について」や、昭和時代に行われた茅葺き民家の調査と、現在残る茅葺き民家の調査を比較しながら茅葺き民家を維持していく課題を指摘する矢澤静二「上伊那茅葺き民家の現状と展望―「昭和調査」と「平成調査」との比較分析を基に―」などが収録されている。
 博物館企画展関係では、飯田市美術博物館において、夏から秋にかけて毎週毎晩のように煙火が打ち揚げられることに着目し、飯田下伊那地域において煙火とはどのような存在なのか、その内容と歴史を紐解こうとした「南信州の煙火―火の芸術に魅せられた男たち―」が、また松本市立博物館では深志神社遷宮400年に合わせて松本藩主や城下町の人々が同神社に奉納した宝物や絵馬、市重要文化財の神輿などを展示した「松本城下町の繁栄・祈り・信仰―天神様400年」などが開催された。
 3年分(平成24~26年)一括掲載ということもあって未紹介の論考・報告が多くなってしまった。それらのものを含めたリストは、筆者のホームページ「民俗学への扉」を参照願いたい。また、長野県にかかわる民俗学関係の研究会・書籍情報・雑誌情報・新聞記事・展覧会・祭事を掲載したブログ「信濃民俗ノート」も参考にされたい。

以下に刊行物・著者・論文・報告等を一括して掲げる。

総論

  1. 飯澤文夫「柳田国男『故郷七十年』のテクストとしての問題」(『伊那民俗研究』22)
  2. 小田富英「柳田国男新年譜作成作業と『故郷七十年』-年譜新事項と「故郷七十年」校正原稿資料-」(『伊那民俗研究』22)
  3. 小野和英「第一八八回例会参加記-信州新町」(『長野県民俗の会通信』239)
  4. 小原稔「平成二五年度総会報告2」(『長野県民俗の会通信』239)
  5. 小原稔「第一九一回例会報告」」(『長野県民俗の会通信』244)
  6. 桐原健「齋宮のいろは歌」(『長野県民俗の会通信』241)
  7. 倉石忠彦「追悼 小林経廣先生」(『長野県民俗の会通信』240)
  8. 講演要旨「民俗学入門講座第Ⅲ期 民俗学を築いた人びと 第1回」(『伊那民俗』99)
  9. 酒井卯作「民俗学研究所解散の前後」(『伊那民俗研究』22)
  10. 櫻井弘人「市村咸人と民俗学-柳田国男・折口信夫・渋沢敬三との関わりを中心に-」(『伊那』1028)
  11. 篠原徹・福田アジオ「歴史学者石井進氏に柳田国男について聞く」(『伊那民俗研究』22)
  12. 田中正明「時空を紡いで-「柳田國男と山崎珉平・矢田部良吉」を受けて-」(『伊那民俗研究』22)
  13. 寺島宏貴「長野県栄村での「第二回・民具大移動」」(『信濃』66-1)
  14. 福澤昭司「民俗学会の転換点か-日本民俗学会第六五回年会参加記-」(『長野県民俗の会通信』239)
  15. 福澤昭司「パソコンで民俗地図を作る」(『長野県民俗の会通信』241)
  16. 福田アジオ所長講演要旨「民俗学入門講座第Ⅱ期 柳田国男入門 第2~3回」(『伊那民俗』96)
  17. 福田アジオ所長講演要旨「民俗学入門講座第Ⅱ期 柳田国男入門 第4~5回」(『伊那民俗』97)
  18. 福田アジオ所長講演要旨「民俗学入門講座第Ⅱ期 柳田国男入門 第6回」(『伊那民俗』99)
  19. 巻山圭一「民俗分布研究の意義-長野県内の事例から」(『歴史教育研究』4)
  20. 松上清志「飯田柳田研究会報告『木綿以前の事』を読む①女性の日常生活の歴史を知る-「自序」から-」(『伊那民俗』97)

衣生活・食生活・住居

  1. 高橋寛治「飯田柳田国男研究会報告『木綿以前の事』を読む②-一章から四章-」(『伊那民俗』99)
  2. 宮下英美「手軽でおいしく食べる工夫「ヤキモチ」-飯田市内の事例から-」(『伊那民俗』98)
  3. 松上清志「飯田町に伝わるすまいの知恵-マチ家の調査からわかってきたこと-」(『伊那民俗』96)
  4. 矢澤静二「上伊那茅葺き民家の現状と展望-「昭和調査」と「平成調査」との比較分析を基に-」(『伊那路』693)

社会生活

  1. 北原昌弘「「体のいい村八分」で由緒ある隣組名が消えた」(『伊那路』693)

信仰

  1. 岡田正彦「南信州の十王信仰と十王堂(上)」(『伊那』1028)
  2. 岡田正彦「南信州の十王信仰と十王堂(中の一)」(『伊那』1038)
  3. 小幡麻美「道祖神盗みの実相-長野県・中南信地方の事例より-」(『長野県民俗の会会報』36)
  4. 金田久璋「森神信仰の周辺-ニソの杜と祝い殿・祝い棒・先祖祭り」(『長野県民俗の会会報』36)
  5. 木下守「徳住の名号塔から」(『長野県民俗の会通信』239)
  6. 木下守「但唱上人の千体仏」(『長野県民俗の会通信』240)
  7. 木下守「名号塔に見る松本市域における徳本上人の足跡(一)」(『長野県民俗の会通信』241)
  8. 木下守「徳阿勧道大和尚の位牌」」(『長野県民俗の会通信』242)
  9. 木下守「名号塔に見る松本市域における徳本上人の足跡(二)」」(『長野県民俗の会通信』244)
  10. 中川村歴史民俗資料館「「奉納成田山不動明王」木札について」(『伊那路』693)

民俗知識

  1. 関二三雄「天気の諺からみた上田の気象」(『上田盆地』42)
  2. 林英一「雨乞いとして空葬礼が行われる理由-葬送儀礼の視点からの解釈-」(『信濃』66-1)

人の一生

  1. 小野明里「平成二五年度総会報告1」(『長野県民俗の会通信』239)
  2. 香山裕「雄蝶雌蝶の思い出」(『上田盆地』42)
  3. 川上元「神科地区の公民館結婚式」(『上田盆地』42)
  4. 酒井イ玄「婚姻の民俗」(『上田盆地』42)
  5. 佐々木清司「塩尻村における慶事控帳にみる明治期の結婚」(『上田盆地』42)
  6. 田原ケイ「結婚式の披露宴の料理―仕出し店からみた変遷」(『上田盆地』42)
  7. 長岡克衛「自宅座敷で婚礼(昭和三十年頃までの結婚式)」(『上田盆地』42)
  8. 益子輝之「結婚式と宗教」(『上田盆地』42)
  9. 丸田ハツ子「生活改善と公民館結婚式『裏里村』『川西時報』から」(『上田盆地』42)
  10. 宮澤かほる「結婚式の思い出」(『上田盆地』42)
  11. 宮本達郎「料理屋の結婚式」(『上田盆地』42)

年中行事

  1. 今井啓「吹雪の事念仏を訪ねて-飯田市上久堅越久保-」(『伊那民俗』96)
  2. 北原いずみ「飯田・上飯田のドンド焼き-子どもたちの「小屋掛け」と現在の変化-」(『伊那民俗』99)
  3. 北原利雄「上伊那のえびす講-辰野町宮木地区の代参を中心に-」(『伊那路』689)
  4. 木下守「七夕人形と紙衣のルーツ」(『長野県民俗の会会報』36)
  5. 倉石美都「ある農家の年越し-都市移住に伴う変化の様相-」(『信濃』66-1)

民俗芸能

  1. 小森明里「今田人形の伝承と竜峡中学校における実践」(『信濃』66-3)
  2. 臼井ひろみ「駒ヶ根市大御食神社の獅子練り」」(『長野県民俗の会通信』244)
  3. 蒲池卓巳「道と地芝居の担い手たち-三遠南信と東濃を結ぶ街道筋から」(『まつり』75)
  4. 市東真一「長野県上村程野の霜月祭り覚書」(『長野県民俗の会通信』240)
  5. 桜井弘人「天龍村坂部の九月の祭と神子入り-霜月神楽を支える神子の習俗-」(『伊那民俗研究』22)
  6. 高久舞「石川県小松市における獅子舞の系譜」(『信濃』66-1)

口頭伝承

  1. 倉石忠彦「木に上る「はなし」-木に上るのには理由がある(二)-」(『長野県民俗の会会報』36)
  2. 倉石忠彦「木に上ること-木に上るのには理由がある(四)-」(『長野県民俗の会通信』242)

民俗誌

  1. 塩澤一郎『天狗の走り路-伊那谷民俗の旅-』川辺書林
  2. 大原千和喜「大勢の中で人成ったっちゅうこと-飯田市龍江の明治生まれの語りから-」(『伊那』1028)

書評

  1. 小野博史「『現代日本の民俗学:ポスト柳田の五〇年に寄せて』福田アジオ著 吉川弘文館」(『伊那民俗』97)
  2. 板橋春夫「飯田のマチの暮らしは見えてきたか-『飯田・上飯田の民俗1』に寄せて-」(『伊那民俗』97)
  3. 今井啓「『天狗の走り路-伊那谷民俗の旅-』塩澤一郎著 川辺書林」(『伊那民俗』96)
  4. 北原いずみ「『日本の心を伝える 年中行事事典』野本寛一編 岩崎書店」(『伊那民俗』96)
  5. 福澤昭司「『道祖神と性器形態神』」倉石忠彦著 岩田書院(『日本民俗学』279)