平成18年長野県民俗学研究動向

 この研究動向は、信濃史学会『信濃』第59巻第6号隣県特集号「長野県地方史研究の動向」より、民俗学関係について転載しています。研究動向の執筆は細井雄次郎氏(長野市)。なお、著書論文一覧については、HP管理者が作成している。

 平成18年の長野県における民俗学関係の動向は、県下の研究団体の活動を中心に行われた。

 長野県民俗の会では、定期の例会と夏季には民俗調査(調査地安曇野市三郷喩)が行われ、『長野県民俗の会通信』(以下『通信』) 第192号〜196号と『長野県民俗の会会報』(以下『会報』)第29号が発行された。また11月には松本市立博物館にて総会が行われ、宮前耕史氏による記念講演「教育民俗学の再構想−柳田民俗学の教育観を手がかりに−」がなされた。これまでの民俗学が、研究対象の民俗を所与のものとして固定化して扱ってきたのに対し、本来柳田の言う民俗は研究者の課題意識から立ち上がってくる認識論的なものであるとして民俗学を捉えなおそうとする近年の動きを踏まえ、民俗学は研究者の課題意識が一個人の主観的なものを越えて、各人に共通するような「社会性・客観性」を得るために研究者自身を「歴史的存在、社会的存在」として対象化していくことを求める教育論であると捉え、従来の「教育民俗学」が柳田の仕事の教育に関する部分にしか目を向けてこなかったことを批判し、民俗学の学問姿勢そのものが教育論であるという観点から新たな「教育民俗学」を再構想していくことを主張した。詳細な内容については『会報』30号に掲載の予定である。 『通信』では例年同様、会員からの研究報告が寄せられている。県内の民俗事例を報告したものには松本入山辺の秋葉神社に見られる石臼奉納について報告した木下守「秋葉様の石臼」(『通信』194号)、明治14年の行政文書から当時の上水内郡内の鎮守の森の様子について報告した細井雄次郎 「一二五年前の鎮守の森の姿」(『通信』194・195号)がある。また平成17・18年にかけ安曇野市三郷で行った夏季調査の報告が臼井ひろみ氏、三輪京子氏から出されている(『通信』191〜196号)。そのほか、私たちが暮らしている生活世界と私たちが属している国家というものとの関係のあり方について、第二次大戦中特攻隊となって若い命を落とした穂高町の上原良司をめぐる語りの中から考察した巻山圭一「語りの文化と「故郷」「国家」」(『通信』196号)や、昨今推理小説などに民俗学者を主人公とする作品が現れるようになっている状況を踏まえ、それらの小説の中の民俗学者像を検討し、学問としての民俗学が社会的にどのように認知されているかを考察した倉石忠彦「小説における「民俗学」覚書」(『通信』192号)・「蓮杖那智の「民俗学」」(『通信』193号)などが載る。

 『会報』には昨年の総会で記念講演を行った鈴木明子氏の「オンナの身体論」を筆頭に7本の論考が載せられている。鈴木氏の論考については昨年の動向に掲載した記念講演の要旨をご覧いただきたい。近代化による女性の身体技法の変化について研究する鈴木氏はまた、『市誌研究ながの』第13号に「『七番日記』にみる女性の生活と北信の民俗」を載せ、小林一茶の『七番日記』に記された彼の妻の暮らしぶりと、近代以前の女性の月経・出産の様子について報告している。

 『会報』で県内の事例を扱ったものには、戸隠のスキー宿に住み込み、宿の手伝いをする対価としてお金ではなくスキー上達のための時間を受け取るイソウロウと呼ばれる大学生スキーヤーと、それを受け入れる地域との関係について、一昔前に見られた季節労務のバリエーションと捉え、その特徴を論じた宮本将規「大学生スキーヤーのイソウロウをめぐって」、道祖神の石碑の上に藁で奇怪な顔を飾りつける大岡の芦の尻の道祖神について、芦の尻の周辺地域で行われているセイドーボーと呼ばれる春彼岸の人形送り行事と関連させて考察した細井雄次郎「大岡芦の尻の道祖神再考」、国の重要有形民俗文化財に指定されている松本市立博物館蔵七夕人形コレクションに見られる人がた形式・紙雛形式・着物掛け形式・流し雛形式の四つの形態のそれぞれの関係について、全国の七夕行事における人形の役割の事例から考察した木下守「松本の七夕人形」、下伊那地域の木地師の痕跡を紹介した楯英雄「長野県下伊那郡喬木村、上村の木地師の歴史遺構」がある。そのほかには、1985年群馬県の御巣鷹山で起きた日航ジャンボ機墜落事故の遺族によって今も営まれている慰霊祭について調査した沼崎麻矢「死後の儀礼とその展開」、近年の、博物館の教育的役割や教育・普及活動についての歴史学からの議論を取り上げ、それが博物館と市民の双方向の対話による教育を目指しながらも、その議論の裏には博物館が市民を啓蒙するという一方向的な思考が見られることを批判し、これに対し民俗学の立場からはどのようなことが主張できるのかについて述べた宮前耕史「民俗学における博物館論の課題と展望」がある。

 信濃史学会は例年通り『信濃』1月号を民俗学特集号にあてている。桐原健「信濃の海神族」は、その副題「海・山相関の郷土論@」とあるように、山国信濃にみられる海の民の痕跡を考古学の立場から探ったもの。続く巻山圭一「再び海の民の陸化をめぐって」は、やはり海の民について、彼らが信州にもたらした水界文化の痕跡を民俗学の立場から探ったものである。両者の論考を読むと、一方が採用した資料を他方は採用しないなど、分野の違いによって資料の扱いが異なっているのがわかり面白い。この違いは両者とも海の民の陸化は歴史的な事実としながら、桐原氏が海の民の陸化を歴史的な視点で、巻山氏が文化論的な視点でそれぞれ捉えようとしているからであろう。1月号を編集した巻山氏の編集後記によれば、『信濃』が総合学術誌である利点を生かして、各分野があるテーマを学際的に研究することで新たな視点や切り口を提示できるのではないかという意図で企画したものであるという。結果は氏の言葉にもあるように残念ながら多くの分野の参加は得られなかったわけだが、面白い試みであるので、今後も企画していただきたいと思う。

 窪田雅之「道祖神とまちおこし」はタイトル通り、「道祖神のふるさと」として喧伝されている安曇野地域を中心に、そこで展開されている道祖神の石碑や祭りを素材にした町おこしの様相について報告している。そのほか三輪京子「濃尾平野におけるワラデッポウは同地におけるワラデッポウの行事について詳細な調査報告をおこない、伊藤康博「同族意識のあり方」は秋田県水沢集落の同属集団の時代による変遷によって、集団内メンバーの意識にどのような変化がみられるのかについて報告する。

 次に伊那史学会では例年通り『伊那』1月号を民俗特集にあて、8本の論考・報告を載せている。このうち、野本寛一「小川路峠粗誌」は平成17年10月1日に飯田市と上村・南信濃村が合併したことにちなみ、飯田と遠山を結ぶ小川路峠のかつての人と物の交流の様相を細やかに叙述している。峠の両側に設けられていた馬宿の話や峠を行き来するさまざまな職業の人たちの様子など、かつての重要な交通路であった小川路峠の様子を浮かび上がらせている。このほか1月号には林登美人「山吹地区に残る猪垣」、今村善興「元善光寺菊人形の起こりと座光寺商工会」、永井辰雄「権現堂の十二支」、赤羽二三男「廃仏毀釈で定住地を追われた毛賀の石仏」などが載る。

 また『伊那』6月号に掲載された桜井弘人「天災と霜月祭り−大地震に直面した人びとの立願−」は過去の災害をきっかけとして祭りや民俗芸能が創生あるいは変更が加えられていく様子を、氏のフィールドである霜月祭りを中心に考察したものである。災害の回復を神に祈る立願という行為から霜月祭りを眺め、何百年と絶えることなく続けられてきた霜月祭りを支える力に、霜月祭りを立願の場として期待する人々の思いがあったとしている。桜井のこの論考は氏が企画した飯田市美術博物館特別展「遠山霜月祭の世界−神・人・ムラのよみがえり−」のなかに活かされている。

 上伊那郷土研究会の『伊那路』では3号に飯澤誠「はだか武兵衛」と小池悟志「御鍬神信仰と上伊那地域」の、ともに江戸時代に信州に流入した流行神についての論考が載る。特に「はだか武兵衛」については勉強不足にして今回氏の論考を読んではじめて知ったもので、流行神と一口に言っても、地域によりさまざまな神が登場することを教えていただいた。このほか『伊那路』10号は例年通り民俗特集を組み、上伊那地方の蚕神に関する石造物の分析を通し当該地方における蚕神信仰について述べた赤羽篤「石造物調査からみた上伊那地方の蚕玉様」のほか竹渕修二「日本音楽の源泉を考える」などが載る。

 柳田国男記念伊那民俗研究所では、例年通り所報『伊那民俗』第64〜第67号を発行している。そのなかには、飯田市や天龍村の、葬儀が自宅で執り行われていた頃の習俗について報告した前沢奈緒子の「葬送習俗の昔と今」(『伊那民俗』第64号)や飯田下伊那地域で活動するさまざまな住民グループの様子を報告した今井啓の「社会組織と地域づくり」(『伊那民俗』第65号)などがある。 次に県内博物館の民俗分野の展示を見てみると、主なものとして10月に飯田市美術博物館で開催された特別展「遠山霜月祭の世界−神・人・ムラのよみがえり−」があげられる。飯田市と上村・南信濃村が合併して一周年を記念して行われたこの展示では、上村・南信濃村に伝わる霜月祭を、実際に祭りのときに用いられている面や、霜月祭を執行する禰宜に関する資料をはじめ、さまざまな歴史・民俗資料を通して紹介している。展示の最後のコーナー「霜月祭を支える民俗世界」では祭りを司る禰宜の地域における役割、霜月祭を神に願いを聞いてもらう絶好の機会と捉える地域の人々の心持ちを、禰宜が持ち伝えてきた資料や立願の記録などを通して明らかにし、霜月祭が単なる民俗芸能ではなく、人々の願いを受け止める神事であることを強調している。

 最後に平成17年10月に刊行された、日本のあかり博物館学芸員山崎ます美氏の遺稿集『燈火・民俗見聞』を紹介する。これは平成16年に急逝された山崎氏の仕事を、北信地域の学芸員が中心となってまとめ、出版したものである。氏がこれまで研究してきた火やあかりにまつわる民俗の研究成果が集成されており、氏の研究軌跡を知るだけでなく、県内の火にまつわる民俗の研究書としても高く評価できる内容となっている。

 以上、長野県内に関わる民俗学関係の動向について概観した。今回は筆者の力不足に加え準備不足もあって、目を通すことのできなかった文献がとても多く、本稿に掲載されていない文献も数多いことと思われる。

以下に刊行物・著者・論文・報告等を一括して掲げる。

総論

  1. 山崎ます美『燈火・民俗見聞―山崎ます美遺稿集―』(ほおずき書籍)
  2. 伊藤純郎「石造物が語ること―箕輪中部小学校訪問記」(『長野県民俗の会通信』191)
  3. 岩崎正弥「現代山村経済と過疎―三遠南信の現実から―」(『日本民俗学』245)
  4. 桐原健「信濃の海神族―海・山相関の郷土論@」(『信濃』58-1)
  5. 窪田雅之「道祖神とまちおこし―長野県中信地方の事例を中心に―」(『信濃』58-1)
  6. 倉石忠彦「小説における「民俗学」覚書」(『長野県民俗の会通信』192)
  7. 倉石忠彦「蓮丈那智の「民俗学」」(『長野県民俗の会通信』193)
  8. 鈴木明子「オンナの身体論」(『長野県民俗の会会報』29)
  9. 福澤昭司「日本民俗学会年会参加記」(『長野県民俗の会通信』191)
  10. 細井雄次郎「山崎ます美の民俗学」(『信濃』58-1)
  11. 細井雄次郎「長野県地方史研究の動向(民俗学関係)」(『信濃』58-6)
  12. 細井雄次郎「一二五年前の鎮守の森の姿(一)」(『長野県民俗の会通信』194)
  13. 細井雄次郎「一二五年前の鎮守の森の姿(二)」(『長野県民俗の会通信』195)
  14. 巻山圭一「再び海の民の陸化をめぐって―海・山相関の郷土論A」(『信濃』58-1)
  15. 巻山圭一「語りと文化と「故郷」「国家」―山形年会に参加して―」(『長野県民俗の会通信』196)
  16. 宮前耕史「民俗学における博物館論の展望―歴史学における博物館教育論の批判的検討から―」(『長野県民俗の会会報』29)

衣生活・食生活・住居

  1. 依田時子「幼き日の味、あれこれ」(『伊那』932)
  2. 三輪京子「南安曇郡三郷村北小倉地区の生活と行事」(『長野県民俗の会通信』193)

生業生産

  1. 小林敏男「山師の思い出」(『伊那路』592)
  2. 楯英雄「長野県下伊那郡喬木村、上村の木地師の歴史遺稿―井深勉氏の調査資料を中心として―」(『長野県民俗の会会報』29)
  3. 宮本将規「大学生スキーヤーのイソウロウょめぐって―宿との相互利益に基づく労働―」(『長野県民俗の会会報』29)

交通交易

  1. 山田哲郎「馬宿六態―下伊那・会津・北茨城ほか―」(『あしなか』274)

社会生活

  1. 伊藤康博「同族意識のあり方―秋田県水沢集落を事例として」(『信濃』58-1)
  2. 今井啓「社会組織と地域づくり―上久堅・南信濃・三穂の事例から―」(『伊那民俗』65)

信仰

  1. 大庭祐輔『竜神信仰−諏訪神のルーツをさぐる』(論創社)
  2. 赤羽篤「石造物調査からみた辰野町の蚕玉様」(『伊那路』592)
  3. 赤羽篤「石造物調査からみた上伊那地方の蚕玉様」(『伊那路』597)
  4. 臼井ひろみ「三郷楡 住吉神社のある村の信仰と行事(一)」(『長野県民俗の会通信』195)
  5. 臼井ひろみ「三郷楡 住吉神社のある村の信仰と行事(二)」(『長野県民俗の会通信』196)
  6. 木下守「秋葉様の石臼」(『長野県民俗の会通信』194)
  7. 西沢智孝「小川村小根山の太子講」(『長野』245)
  8. 西澤寛晃「北信濃の虎御前遺跡」(『日本の石仏』119)
  9. 細井雄次郎「大岡芦ノ尻の道祖神再考―セードーボー行事との関わりの中で―」(『長野県民俗の会会報』29)
  10. 細井雄次郎「夏季調査報告―三郷村北小倉地区―」(『長野県民俗の会通信』192)

民俗知識

人の一生

  1. 沼崎麻矢「死後の儀礼とその展開」―日航ジャンボ機墜落事故を事例として―」(『長野県民俗の会会報』29)
  2. 前沢奈緒子「葬送習俗の昔と今―飯田下伊那の事例から―」(『伊那民俗』64)

年中行事

  1. 木下守「松本の七夕人形―その役割と発展過程を考える―」(『長野県民俗の会会報』29)
  2. 中村健一「柳田国男の『信州随筆』研究7 地梨と精霊」(『伊那民俗』64)
  3. 松上清志「柳田国男の『信州随筆』研究8 眼流し考」(『伊那民俗』65)
  4. 三輪京子「濃尾平野におけるワラデッポウ」(『信濃』58-1)
  5. 三輪京子「南安曇郡三郷村北小倉地区の生活と行事 その二」(『長野県民俗の会通信』194)

民俗知識

民俗芸能

  1. 臼井ひろみ「北小倉の祭礼―平成一七年度夏季調査から―」(『長野県民俗の会通信』194)
  2. 北村皆雄「修験と霜月祭―生まれ清まりの思想―」(『伊那民俗研究』14)
  3. 桜井弘人「天災と霜月祭―大地震に直面した人びとの立願―」(『伊那』937)
  4. 竹渕修二「日本音楽の源泉を考える―民謡やわらべ歌の中にこそ日本音楽の源泉が・・・―」(『伊那路』597)
  5. 田中幸美「天竜川の水あべ」(『伊那』932)
  6. 橋都正「芸能の旅40 天龍村大河内の「神送り」」(『伊那民俗』64)

口頭伝承

方 言

  1. 井上伸児「消えていくことばの文化(その3)―「正座する」の方言―」(『伊那』934)

地 名

  1. 塩澤正人「柳田國男の地名研究の紹介―『定本柳田国男集第二十巻』を中心に―」(『伊那民俗』64)

民俗誌

  1. 伊賀良を広める会『伊賀良の民俗(2)』伊賀良公民館
  2. 柳田國男記念伊那民俗学研究所『上久堅の民俗』
  3. 飯水教育会『富倉・大川の民俗』
  4. 鈴木明子「『七番日記』にみる女性の生活と北信の民俗」(『市誌研究ながの』13)
  5. 野本寛一「小川路峠粗誌」(『伊那』932)
  6. 三輪京子「安曇野市三郷楡地区調査報告その一」(『長野県民俗の会通信』196)

書 評

  1. 神田修「倉石忠彦著『道祖神信仰の形成と展開』」(『長野県民俗の会通信』192)