平成16年長野県民俗学研究動向

 この研究動向は、信濃史学会『信濃』第57巻第6号隣県特集号「長野県地方史研究の動向」より、民俗学関係について転載しています。研究動向の執筆は木下守氏(松本市入山辺)。なお、著書論文一覧については、HP管理者が作成している。

 平成16年の長野県下における民俗学関係の動向は、長野県民俗の会をはじめとする研究諸団体を中心に活発な活動がなされた。
 県内の研究団体の動向として、長野県民俗の会では、第145〜149回まで5回の例会(第148回例会は第12回夏季民俗調査と共通)が開催され、『長野県民俗の会通信』(以下『通信』という)第179〜184号と『長野県民俗の会会報』(以下『会報』という)第27号が発行された。同会は平成15・16年の研究テーマを「すてる・もどす」とし活動を行なってきており、『通信』には第179・180号に三石稔「建築にみる『すてる・もどす』」、第180号に木下守「供物の行方−安曇村の調査から−」、第181号に福澤昭司「捨てる・戻す再考」及び井上直人「お年寄りは民俗学に貢献したが、民俗学はお年寄りに貢献できるか」、第184号に細井雄次郎「屋敷荒神とグリン様の処理法」、『会報』第27号には平成15年度総会の記念講演記録である井上直人「「こやし」に対する文化的態度−農耕民俗における「すてる・もどす」−」をはじめ、昨年の第142回例会での発表をもとにまとめた巻山圭一「野と薮のトポグラフィー」、中村慎吾「人形供養という作法」など、研究テーマに沿った論考も数多く掲載されている。このうち福澤氏の「捨てる・戻す再考」は再びこのテーマの意義の重要性を説いたものである。巻山氏の「野と薮のトポグラフィー」は捨てる場所について突き詰めたもので、「野」という無主の地と「薮」という空間の性格の違いを明らかにしている。また細井氏の「屋敷荒神とダリン様の処理法」は石という形で存在する神様の捨てきれない特殊性を指摘していておもしろい。
 同会はまた、研究テーマを「すてる・もどす」の2年目の活動の年にあたり、12月4日の総会にあわせ記念シンポジウム「すてる・もどす」を開催し総括した。当日はシンポジウムに先立ち、成城大学民俗学研究所長である松崎憲三氏の記念講演「動植物の供養−草木鳥魚を中心に−」を開催した。この講演を基調に3人のパネラーから報告−民俗学の中村慎吾氏の「人形供養にみる物の捨て方」、人文地理学の浦山佳恵氏の「昭和二〇年代の生業を中心とした暮らしからみる『すてる・もどす』」、考古学の竹内靖長氏の「考古学からみる『すてる・もどす』」−を受け討論を行なった。中村氏からの「現在は人形を捨てるとき『何かしなければ気がすまない』という潜在的な意識が(魂抜きという)人形供養を行なわせている」のであり、古くは「魂抜きよりも捨てる場所や捨て方が重要だった」との報告、竹内氏からの「井戸を埋めるときに井戸神様が出入できるように筒を立てた」という再生魂の移動の事例報告、浦山氏の山村の消費循環システムが貨幣経済の浸透により崩れてきたという報告から、「新しいものを買ったはうが経済的負担が少ないという現代社会の矛盾」が不十分ながらも浮き彫りにされ、現代社会の価値観に一石を投じたように思う。このシンポジウムの内容は、『会報』28号に掲載される予定である。
 そのはか『通信』には、三輪京子「佐久市の十日夜行事の調査から」(179)、中村慎吾「日本民俗学会第五五回年会参加記」(180)、同「飯田お練りまつり−第一四六例会譚」(181)、田澤直人「民俗調査を行なうこと」(182〜未完)、伊藤友久「『ニョウ』のある風景」(183)、直井知導「夏季民俗調査に参加して」、中山高斗「ダンボと里山風景」(以上184)、『会報』27号には木下守「松本の押絵雛−全国の押絵雛との比較から−」を載せている。 信濃史学会は例年どおり機関誌『信濃』1号を民俗学特輯号にあてた。巻頭の国立歴史民俗博物館教授・篠原徹氏の講演記録は、平成15年5月に行なわれた同会の総会の記念講演をもとに大幅な修正をしてまとめたものである。ほかに論文、倉石あつ子「民俗学研究における女性研究者の視点・男性研究者の視点−学問領域に男女の視点の区別は存在するか−」、伊藤純郎「戦時下の民俗調査−柳田国男と『東筑摩郡誌別篇』氏神篇編纂事業−」、窪田雅之「揺れる子供の行事−松本市域の青山様とぼんぼんの伝承をめぐって−」を掲載する。また、4号の研究ノートには巻山圭一「金魚とすいかの民俗学」、8号には田中薫「城下町松本の風呂と銭湯」が載る。
 柳田国男記念伊那民俗学研究所は、野本寛一近畿大学教授を新所長とし、『伊那民俗研究』第13号及び伊那民俗学研究所報『伊那民俗』第56〜59号を定期刊行した。『伊那民俗研究』には、論文として野本寛一「針葉樹の民俗−山地母源論資料−」、資料報告として田中正明「所蔵 柳田国男自著朱筆校訂一覧(続)」、翻刻「大月松二による柳田国男の聴書・滞京日記(2)」も前号に引き続き昭和22年の6〜8月分が掲載された。このうち野本氏は『民俗文化』第13号に掲載された「南安曇山地の民俗−ソバとミズナラの結合を緒として」に続く長野県の山地の恵を対象とした論考で、下伊那と木曽地域の針葉樹とそれに関する生業の詳細な調査報告である。『伊那民俗』56号には桜井弘人「飯田のお練り祭り研究事始め」が載る。
 次に博物館の研究動向についてふれる。平成16年は民俗学分野では県内の博物館で目立った企画はなかった。そんななかで諏訪地方は7年に一度の御柱祭に沸いた年である。諏訪市博物館は企画展「月刊ビジュアル諏訪の御柱」を開催した。4月号から6月号まで、月替わりのテーマで「おんばしら」について紹介するユニークな企画で、4月は「御柱祭の変化を写真と映像で追う」と題し、これまでの御柱祭の様子を写真、絵はがき等で紹介し、5月は「御柱を描いた絵」として御柱絵巻など、江戸時代以降の御柱祭を描画を、6月は「御柱と薙鎌〜諏訪信仰の表象〜」と題して御柱祭に登場する薙鎌にスポットをあて、各地の薙鎌や鎌打ち神事を紹介した。そのほか、高遠町で「高遠石工シンポジウム」が開催された。
 以上、長野県内に関わる民俗学関係の動向について概観したが、多くの学会の活動に目を通すことができず、不十分な点について、山からお詫びする。

以下に刊行物・著者・論文・報告等を一括して掲げる。

総論

  1. 伊藤純郎『柳田国男と信州地方史−「白足袋史学」と「わらじ史学」』刀水書房
  2. 伊藤純郎「戦時下の民俗調査−柳田国男と『東筑摩郡誌別篇』氏神篇編纂事業−」(『信濃』56-1)
  3. 井上直人「「こやし」に対する文化的態度−農耕民俗における「すてる・もどす」−」(『長野県民俗の会会報』27)
  4. 井上直人「お年寄りは民俗学に貢献したが、民俗学はお年寄りに貢献できるか」(『長野県民俗の会通信』181)
  5. 片桐みどり「信濃柿のことなど」(『伊那民俗』58)
  6. 倉石あつ子「民俗学研究における女性研究者の視点・男性研究者の視点−学問領域に男女の視点の区別は存在するか−」(『信濃』56-1)
  7. 篠原徹「暮らしの自然誌とその歴史性」(『信濃』56-1)
  8. 高橋寛治「民俗調査への取組みと期待」(『伊那民俗』57)
  9. 高橋寛治「菅江真澄の足跡を訪ねて」(『伊那民俗』58)
  10. 田澤直人「民俗調査を行なうこと(一)」(『長野県民俗の会通信』182)
  11. 田澤直人「民俗調査を行なうこと(二)」(『長野県民俗の会通信』183)
  12. 田澤直人「民俗調査を行なうこと(三)」(『長野県民俗の会通信』184)
  13. 田中正明「所蔵 柳田国男自著朱筆校訂一覧(続)」『伊那民俗研究』
  14. 寺田一雄「『信州随筆』と枝垂桜」(『伊那民俗』57)
  15. 寺田一雄「「心覚」にみる飯田町の民俗」(『伊那民俗』58)
  16. 直井知導「夏季民俗調査に参加して」(『長野県民俗の会通信』184)
  17. 野本寛一「針葉樹の民俗−山地母源論資料−」(『伊那民俗研究』13)
  18. 野本寛一「始動、フィールドワークに向けて」(『伊那民俗』56)
  19. 福澤昭司「捨てる・戻す再考」(『長野県民俗の会通信』181)
  20. 前沢奈緒子「なんぢゃもんぢゃの樹」(『伊那民俗』59)
  21. 巻山圭一「金魚とすいかの民俗学」(『信濃』56-4)
  22. 巻山圭一「野と薮のトポグラフィー」(『長野県民俗の会会報』27)
  23. 中村慎吾「日本民俗学会第五五回年会参加記」(『長野県民俗の会通信』180)
  24. 柳田國男記念伊那民俗学研究所「大月松二の柳田国男聴書・滞京日記(2)」(『伊那民俗研究』13)

衣生活・食生活・住居

  1. 伊藤友久「『ニョウ』のある風景」(『長野県民俗の会通信』183)
  2. 田中薫「城下町松本の風呂と銭湯」(『信濃』56-8)

生業生産

  1. 関川喜八郎「米作り八十八手間」(『長野』234)
  2. 寺田一雄「上久堅の養蚕−落倉、北沢正二さんに聞く−」(『伊那民俗』59)
  3. 野本寛一「針葉樹の民俗−山地母源論資料−」(『伊那民俗研究』13)
  4. 矢野恒雄「牟礼・三水村の石工と石垣」(『長野』238)

交通交易

社会生活

  1. 三石稔「建築にみる『すてる・もどす』」(『長野県民俗の会通信』179)
  2. 三石稔「建築にみる『すてる・もどす』」(『長野県民俗の会通信』180)

信仰

  1. 折山邦彦「上久堅の民俗信仰−夏季調査を終えて−」(『伊那民俗』58)
  2. 木下守「供物の行方−安曇村の調査から−」(『長野県民俗の会通信』180)
  3. 小林計一郎「諏訪大社と御柱祭」(『長野』234)
  4. 竹村美幸「諏訪信仰と御柱」(『文化財信濃』115)
  5. 細井雄次郎「屋敷荒神とグリン様の処理法」(『長野県民俗の会通信』184)
  6. 中村慎吾「人形供養という作法」(『長野県民俗の会会報』27)
  7. 西沢智孝「小川神社の御柱祭」(『長野』237)
  8. 山口昇「戸隠村柵地区の御柱祭」(『長野』237)

民俗知識

人の一生

年中行事

  1. 木下守「松本の押絵雛−全国の押絵雛との比較から−」(『長野県民俗の会会報』27)
  2. 窪田雅之「揺れる子供の行事−松本市域の青山様とぼんぼんの伝承をめぐって−」(『信濃』56-1)
  3. 佐川金寿「新野の盆踊り」(『文化財信濃』116)
  4. 桜井弘人「上久堅のコト念仏・送り神」(『伊那民俗』59)
  5. 中山高斗「ダンボと里山風景」(『長野県民俗の会通信』184)
  6. 三輪京子「佐久市の十日夜行事の調査から」(『長野県民俗の会通信』179)
  7. 三輪宋市「長野市三輪本郷町のどんど焼きと地蔵盆」(『長野』236)

民俗芸能

  1. 高島愼助『長野の力石』(岩田書院)
  2. 春夏秋冬叢書『三遠南信祭紀行』
  3. 柳田國男記念伊那民俗学研究所「東野大獅子の今昔」(『伊那民俗』56)
  4. 桜井弘人「飯田のお練り祭り研究事始め」(『伊那民俗』56)
  5. 中村慎吾「飯田お練りまつり−第一四六例会譚」(『長野県民俗の会通信』181)

口頭伝承

方 言

  1. 遠山信一郎『遠山のことば』南信濃村教育委員会

民俗誌