平成14年長野県民俗学研究動向

 この研究動向は、信濃史学会『信濃』第55巻第6号隣県特集号「長野県地方史研究の動向」より、民俗学関係について転載しています。研究動向の執筆は木下守氏(松本市入山辺)。なお、著書論文一覧については、木下氏の掲載一覧に追加補足している。

 平成14年の長野県下における民俗学関係の動向は、長野県民俗の会をはじめとする研究諸団体を中心に活発な活動がなされた。はじめに研究諸団体等の活動についてであるが、まず日本映像民俗学の会が、3月に長野市で大会を開き霜月祭や御柱祭など県内外の貴重な民俗記録映像を公開したことを報告しておく。
 県内の研究団体の動向として、長野県民俗の会では『長野県民俗の会会報』(以下、『会報』という。)25号と『長野県民俗の会通信』(以下、『通信』という。)167〜172号が発行されている。また、例会が135から139の5回開催され、第10回夏季民俗調査が昨年に引き続き高遠町山室で実施された。3月に臨時総会が、11月に総会が開催された。同会は昨年から活動テーマを「生業複合」と定め、総会ではシンポジウム「生業複合をめぐつて」が開催されている。活動テーマは同会が日本民俗学会と共催した年会のテーマ「ヤマの暮らし」から発展したもので、2年間の活動のまとめとして開催されたシンポジウムでは安室知の基調講演「複合生業論のこれから」に続き、福澤昭司の司会で永島政彦「日誌から見た生業」、大場茂明「稲作をめぐる行政と農業現場」、三石稔「下乗の自然と生業」の発表を受け討論が行われた。シンポジウムの発表要旨は『通信』172号に掲載されており、その内容は『会報』26号に掲載される予定である。 平成14年の研究成果は、活動テーマに沿ったものとしては『会報』25号の三石稔「生業をトータルに捉えるための試み−下伊那郡喬木村富田の事例からー」、『通信』169号の中村慎吾「生業複合−三郷村のリンゴ農家を中心として1」、『通信』171号の福澤昭司「生業から見えてくるもの−長野県上伊那郡高遠町山室地区夏季調査報告−」がある。三石論文は喬木村富田の農家の昭和初期における生活暦を詳細に調査し、穀物や野菜の栽培以外に半栽培や採集、家畜飼育、養蚕等の生業を複合的に営み生活していたことを明らかにした。中村は三郷村のリンゴ農家がかつては養蚕家から転業し、現在に至る間に複合生業が専業の方向へと変化した近郊農家の生業の変遷を報告している。また両者は「生業複合」が関連ある生業の組み合わせであり、三石の言葉を借りれば「土地や労働が空くことなく繋げられている」と結んでいる。福澤論考もあわせ、その土地に求められる中心的産業に他の生業をうまく組み込んで生活をしていたことを、それぞれ調査のなかから明らかにしている。
 そのほか『会報』には倉石忠彦「爪と爪紅」、中込睦子「葬後供養と親族の服喪−親念仏とオカエリジンギをめぐって−」、高原正文「道祖神御柱をめぐる一考察−長野県安曇地方を中心に−」、山崎ます美「信濃のつけ木作り」、清沢芳郎「柳田国男と信州の民俗学−洗馬長興寺における「民間伝承論大意」の講演をめぐって−」を掲載する。清沢の「柳田国男と信州の民俗学」は平成21年10月1日に行われた日本民俗学会年会の談話会の記録である。
 信濃史学会は機関誌『信濃』1月号を民俗学特輯号にあてた。8月に開催したフレッシュセミナーでは、荻原和也が「屋敷地の持つ意味からみる家族の現在」と題し研究発表を行った。
 柳田国男記念伊那民俗学研究所は、紀要『伊那民俗研究』11号及び所報『伊那民俗』45〜48号を刊行した。紀要には2001年4月の総会講演会・後藤総一郎の「満島捕虜収容所の思想史的検証」をはじめ、伊那谷地名研究会設立記念講演会・谷川健一の「柳田国男との対話」、飯田市誌編さん民俗部会講演会・倉石忠彦の「民俗的世界の発見」の記録等が掲載された。
 そのほかの研究団体の動向として、長野郷土史研究会は機関誌『長野』221号で「人間と仲間たち狐に化かされた話など」という伝説の特集を組み、北信地方を中心に多くの伝承の報告を掲載する。上田民俗研究会は機関誌『上田盆地』36号を刊行し、桜井松夫「史料「秤の本地」と「連釈の大事」−その紹介と中世の市−」他の論考を掲載する。上伊那郷土研究会は機関誌『伊那路』1月号を民俗芸能特集に、10月号を民俗・文芸特集号にあてた。
 次に県内の博物館の研究動向についてふれる。長野県立歴史館では『雛人形と雛道具〜「天下の糸平」田中家コレクション〜』を開催し、時を前後して上田市立博物館など県内の7博物館で雛人形の展覧会を開催した。今後もこうした博物館相互の連携に期待したい。飯田市美術博物館では特別陳列「伊那谷の人形芝居のかしら3−黒田人形−」を開催した。また『研究紀要』第12号に桜井弘人「遠山霜月祭の湯立てとその構造1−上町タイプを中心として−」を掲載する。松本市立博物館では国立民族学博物館との共催で「大正昭和くらしの博物誌民族学の父・渋沢敬三とアチック・ミュージアム」を開催した。また平成13年から開催された特別展「鰤のきた道」が単行本として刊行された。
 最後に県内のフィールドを対象とした刊行物としては、笹本正治/監修 いいやま博物館友の会/編『奥信濃飯山発火祭り−火祭り文化考−』、後藤総一郎編常民大学研究紀要3『柳田国男と現代』、伊那市教育委員会『伊那の中世伝説・山岳信仰』、高美正浩・鈴木俊幸『松本の天神様』がある。『奥信濃飯山発火祭り−火祭り文化考−』は長野県無形民俗文化財である飯山市小菅の柱松行事を中心に、火祭りの歴史と文化を考察したシンポジウムの記録である。『伊那の中世伝説・山岳信仰』は、平成13年から14年にかけて行われた「伊那市歴史シンポジウム」の第4回「中世の伝説を語る」、第5回「神道からみた山岳信仰」、第6回「山岳仏教と密教寺院」の記録である。『松本の天神様』はふるさとライブラリー3として菅原道真公正忌千百年を記念し松本市の探志神社の例大祭「天神祭」から町人文化について解説している。
 以上、県内の民俗学関係の動向について概観したが、筆者の力不足で昨年までの考察に比して重要事項の欠落が多いかと思われる。研究諸団体については全くふれることのできなかったものも少なくない。不十分な点について心からお詫びする。
 以下、重複を含め著書、論文、報告等を一括して掲げる。リストの作成にあたっては三石稔氏のホームページの「平成14年長野県民俗学研究動向」を一部引用させていただいた。記してお礼申しあげる。

以下に刊行物・著者・論文・報告等を一括して掲げる。

総論

  1. 飯田瑞穂子「村落社会における民俗の変容と相互作用―<ハンマアサマの噂>をめぐって―」(『信濃』54-1)
  2. 石垣悟「生きた<地域>像を目指して―秋田県羽後町を事例に―」(『信濃』54-1)
  3. 倉石忠彦「日本人と初日の出」(『月刊アデッソ』13)
  4. 桜井弘人「平成十三年度総会における研究発表・講演に参加して」(『長野県民俗の会通信』167)
  5. 前澤奈緒子「天龍村神原「長松寺過去帳」雑考」(『伊那民俗』48)
  6. 三木博隆「祭りをする人々とついていく人々」(『長野県民俗の会通信』168)
  7. 清沢芳郎「柳田国男と信州の民俗学−洗馬長輿寺における「民間伝承論大意」の講演をめぐつて−」(『長野県民俗の会会報』25)

衣生活・食生活・住居

  1. 橋都正「口絵 山仕事の女性の服装」(『伊那』594)
  2. 福嶋康子「もらい風呂から見る人間関係」(『長野県民俗の会通信』172)
  3. 福嶋康子「もらい風呂から見る人間関係」(『長野県民俗の会通信』173)
  4. 金子万平「馬肉を食った話」(『長野』221)
  5. 田口光一「消えた郷土食「烏田楽」」(『上田盆地』36)

生業生産

  1. 中村慎吾「生業複合−三郷村のリンゴ農家を中心として−」」(『長野県民俗の会通信』169)
  2. 福澤昭司「生業から見えてくるもの−長野県上伊那郡高遠町山室地区夏季調査報告−」(『長野県民俗の会通信』171)
  3. 三石稔「生業をトータルに捉えるための試み−下伊那郡喬木村冨田の事例からー」(『長野県民俗の会会報』25)
  4. 山崎ます美「信濃のつけ木作り」(『長野県民俗の会会報』25)
  5. 宮澤奈津子「炭を焼く暮らし―上水内郡の事例から―」(『信濃』54-1)

交通交易

社会生活

  1. 三石稔「ほ場整備による生活と意識の変化」(『信濃』54−9)

信仰

  1. 伊那市・伊那市教育委員会『伊那の中世伝説・山岳信仰』(新葉社)
  2. 池田三夫「四ツ屋に残る馬頭観音」(『長野』221)
  3. 牛越嘉人「大北地方の高遠石工の作品」(『信濃』54−10)
  4. 大日方幸一「ブランド薬師の馬頭観音」(『長野』221)
  5. 北村俊治「三輪田町の馬頭観世音」(『長野』221)
  6. 木下守「「弘法様」から探る旧海岸寺の姿」(『長野県民俗の会通信』172)
  7. 木下睦美「養蚕の民俗―蚕玉様は馬に乗ったり舟に乗ったり―」(『伊那』594)
  8. 佐藤毅「城下町上田の稲荷」(『上田盆地』36)
  9. 西沢智孝「小川村の馬頭観音」(『長野』221)
  10. 原董「下條村の信仰地名 ―山岳信仰を中心として―」(『伊那民俗』48)
  11. 堀内暉巳「秋田の馬喰が建てた馬頭観音」(『長野』221)

民俗知識

人の一生

  1. 中込睦子「葬後供養と親族の服喪−親念仏とオカエリジンギをめぐって−」(『長野県民俗の会会報』25)
  2. 服部誠「愛知県内の仲人慣行と地域性」(『信濃』54-1)
  3. 依田時子「娘時代の民俗・断片」(『伊那』594)

年中行事

  1. 北沢喜八「千代野池の大将荒神と事の神送り」(『伊那』594)
  2. 木下守「あめと初市―東日本の事例から―」(『信濃』54-1)
  3. 高原正文「道祖神御柱をめぐる一考察−長野県南安曇地方を中心に−」(『長野県民俗の会会報』25)
  4. 田澤直人「川上村小正月行事参加記」(『長野県民俗の会通信』168)
  5. 原董「正月の信仰」(『伊那』594)
  6. 松澤英太郎「田畑の「盆正月」―若者の遊び日要求の名残り―」(『伊那路』540)
  7. 宮沢かほる「こうれん」(『上田盆地』36)
  8. 三輪京子「上伊那郡高遠町山室地区の年中行事その他」(『長野県民俗の会通信』168)
  9. 山崎悦男「香奩と吊し物」(『上田盆地』36)

民俗芸能

  1. 伊藤昭雄「獅子舞談義・伊那谷の獅子舞の三つの系統」(『伊那』594)
  2. 久保田安正「伊豆木小笠原氏と伊豆木人形」(『伊那』594)
  3. 剣持康典「武石の御柱大祭〜お練りの芸能と音楽を中心に〜」(『上田盆地』36)
  4. 橋都正「芸能の旅 38 瑠璃寺の獅子舞と後藤伊那作」(『伊那民俗』48)
  5. 原良通「「ボーベース」という遊びがあった−長野市南長池地区の事例から−」(『長野県民俗の会通信』170)
  6. 矢島太郎「芦沢村の狂言―役者連名帳等にみる―」(『伊那路』540)

口頭伝承

  1. 池田たか子「狐に化かされた父の体験―真田町角間の沢」(『長野』221)
  2. 上田貢「お花梨―長作・お花悲恋物語」(『長野』221)
  3. 上原二郎「木曽上松高山の集落の山犬と大蛇の伝承」(『長野』221)
  4. 牛尾光國「走る狐火(丹後半島)と送り狐」(『長野』221)
  5. 大井源寿「新しい墓で燃える燐火と寺へ急ぐ人霊」(『長野』221)
  6. 大日方守「戦場と狐―私を救ってくれた神の使」(『長野』221)
  7. 春日重信「石・岩・淵・湯に関する史話―上伊那地方の川周辺にまつわる昔話を中心として―」(『伊那路』540)
  8. 金子清「水難にあった狐―浅川堤防」(『長野』221)
  9. 金子俊司「高土手の「南無阿弥陀仏」碑など」(『長野』221)
  10. 金子俊司「加茂神社の森から妻科神社の森裏までの狐火」(『長野』221)
  11. 北澤伴康「−上小地方の−橋名異聞」(『上田盆地』36)
  12. 北村俊治「狐に化やかされた体験記―昭和59年」(『長野』221)
  13. 木谷源太郎「コエ溜のお風呂」(『長野』221)
  14. 倉石忠彦「爪と爪紅」(『長野県民俗の会会報』25)
  15. 小林一郎・玲子「善光寺の伝説「つりがねのおはなし」」(『長野』221)
  16. 小林敏男「狐に化かされた話」(『伊那路』540)
  17. 佐藤観光「花嫁姿の母に迎えられ雪中で眠ったとし子さん―妙高高原の冬」(『長野』221)
  18. 柴本一久「狐に化かされた話―使の帰りに意識不明」(『長野』221)
  19. 白鳥牧夫「狐に化かされた話―峠の芸者さん、狐灯を見た話」(『長野』221)
  20. 鈴木藍「長野市高土手のキツネ物語」(『長野』221)
  21. 関あき子「私の見た狐火(小市)」(『長野』221)
  22. 関川喜八郎「馬頭さんへの念仏」(『長野』221)
  23. 関保男「おいなりさんのこと」(『長野』221)
  24. 高山三千彦「大親分玄蕃丞狐と妻科神社の森裏までの狐火」(『長野』221)
  25. 滝沢美知子「母(大正七年生)の話(上田)」(『長野』221)
  26. 竹原余史丸「狐に化かされた話―錯覚から」(『長野』221)
  27. 常磐真重「中条村の狐の嫁入り」(『長野』221)
  28. 中沢保雄「狐の狸―中条村から」(『長野』221)
  29. 堀内寿郎「きつね火(中条村)」(『長野』221)
  30. 馬場広幸「山城を歩いて―不思議な「ガサ」という音」(『長野』221)
  31. 増田清「往生地の狐」(『長野』221)
  32. 三沢久「ついてきた獣の鳴き声―謎解けぬまゝの想出」(『長野』221)
  33. 宮下妙子「婚礼のごちそうを取られた話(武石村)」(『長野』221)
  34. 矢島一「矢島稲荷社の事」(『長野』221)
  35. 山本勝「民話の心−伊那谷の伝説・民話について−」(『伊那路』549)

地 名

  1. 牛越嘉人「池田町の地名のまとめ」(『信濃』54−2)

民俗誌

  1. 倉石あつ子「上伊那郡高遠町の民俗」(『長野県民俗の会通信』167)
  2. 中崎隆生「高遠町三義山室の概要」(『長野県民俗の会通信』167)
  3. 松村弘子「山懐にひとりくらす―自然の恵みと支え合う人々―」(『長野県民俗の会通信』167)
  4. 寺田一雄「高遠町山室夏季調査報告」(『長野県民俗の会通信』171)
  5. 小林敏男「百姓の昔の思い出」(『伊那路』549)